もうひとつのJR

JRにはもうひとつの意味があるのを知ってますか?思わず誰かに伝えたくなる、日本がお世話になったJRさんのお話を紹介していきます。

ジェフリー・バワ

観光客として諸外国を訪れる際、世界遺産は最も一般的で人気な観光地だと思います。

 

しかし、ここからは個人的にオススメしたい観光地と、このブログの最大のテーマである”JR”さんと関わりのある人物を紹介していきたいと思います。



 

【ジェフリー・バワとは(Geoffrey Bawa)】

みなさんは「ジェフリー・バワ」という人物をご存知でしょか??

建築に興味を持っている人はもしかしたら知っているかもしれませんね。

20世紀の建築界において、アジア人建築家の中でも最も影響力のある人物の一人で、数多くの作品を残している建築家。

それがジェフリー・バワ氏です。

f:id:srilanka-jr-japan:20170221095603j:plain引用元:*Travel Note*

 

アジアンリゾートで数多く見られる”アジアならでは”のリゾート建築スタイルの源流を作った人物が、スリランカを代表する天才建築家”ジェフリー・バワ”であることは、実は日本ではまだあまり知られていません。

 

バワ建築の特徴は、それまで外界と建築内部を塀や壁で仕切り、外敵や厳しい自然から人間を守ることを一つの主目的とした西洋建築に対し、

その地域の建築素材を活用し、屋外と屋内の連続性にこだわった開放的な空間造りをすることで、建築と地域の自然や風土・文化の共存や融合主目的とした建築コンセプトを生み出したことにあります。

このようなバワの建築コンセプトは、多くの建築家とインテリア・デザイナーに大きな影響を与えたとされています。

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2003年に享年84歳でその生涯を終えたため、現在はご本人に会うことは不可能ですが、スリランカには、バワの作品が今なお数多く残っており、現在でもその建築物を見に行くことは可能です。

実はバワ氏はJRさんととても強い信頼関係を築いており、今後紹介する彼の作品はJRさんと関係性の強いものがあります。

 

 

【ジェフリー・バワ略歴】

1919年7月23日コロンボ生まれ。

イギリス人とムスリムの間に生まれたバーガー(混血)の法律家の父親と、ドイツ・スコットランド・シンハラ人の血を引くバーガーの母親を持つ、エリート一家次男

 

幼少期から旅好きの母親に連れられヨーロッパや中国他アジア諸国を旅する。

父親と同じ法律家を志し、1938年19歳で英国のケンブリッジ大学に留学。

1946年1月、27歳でコロンボに戻り法律家として働くものの、11月セイロンに愛想を尽かし、ペナン・インドネシア・フィリピンを経由して米国・ヨーロッパを周遊。

 

1948年にイタリアに気に入ったヴィラを見つけ身を落ち着けようとするも、資金面を考慮してコロンボに戻る事を決意。

帰国後、イタリア風の庭園に英国風のカントリーハウスを建てようと、水辺の土地を探し始め、南西海岸に位置するベントータの土地(ルヌガンガ)を購入する。

 

ルヌガンガに自分が思い描いた庭園と家を建てるため、また他の人々のために家や庭園をデザインする夢を描き建築家になることを志す。

 

コロンボの都市計画に関わっていた英国の建築家Herbert Henry Reidのアシスタントを経て、1952年秋にケンブリッジへ戻り家庭教師を付けて土木工学と構造設計を学び、1954年5年生のロンドンの建築学校Architectural Association Schoolの3年次へ編入。1957年、38歳で建築家としての資格を得る。



次回のブログでは、彼の残した作品のなかで主な作品、そして「JRさん」「日本」という点で接点のある作品を紹介していきたいと思います!