日本の三大恩人!?八王子・雲龍寺を訪れてきました
日本にあるJRさんゆかりの地の一つ、東京・八王子にある「雲龍寺(うんりゅうじ)」を訪れてきましたので、紹介したいと思います!
前回の記事、愛知県愛西市の「明通寺」の話をまだ読んでない人はまずそっち読んでね。
srilanka-jr-japan.hatenablog.com
明通寺を訪れた日の夜、夜行バスで東京へ向かいました(別に予定があったので)
もともと八王子に行く予定はなかったんですが、立ち寄る時間があったので急遽足を運ぶことに。
電車で向かうこと1時間。最寄り駅の「山田」駅に到着。(ちなみにこのブログ運営者の内一人の名字は山田。)
そこからあるくこと10分弱。
雲龍寺らしきお寺に到着。
とりあえず挨拶だな〜と思うも入り口がよく分からず境内をとりあえずぐるり。
と、事前に調べた情報通り3体の銅像が!!
左から
「J.R.ジャヤワルダナ」(スリランカ)
「蒋介石」(中国)
「ダグラス・マッカーサー」(アメリカ)
このお寺の和尚さんは(※今はお亡くなりになっています)お釈迦様の言葉を引き、日本とスリランカの友好の礎を築いた講演に感銘し、この雲龍寺境内にJ.R.ジャヤワルダナさんの銅像を建立されました。
これを機縁に、同大統領が国賓として雲龍寺を訪問。以降国際的な交流が続いているそうです。
またJRさんと同様に、終戦後の日本を救ったとされる「マッカーサー」と「蒋介石」の銅像が並んでいます。
彼ら3人は敗戦後の日本を救ったとして「日本再建の三大恩人」と言われているそうです。
知らなかった!!!
J.R.ジャヤワルダナさんは「日本独立の恩人」
蒋介石は「日本再興の恩人」
(※中華民国初代総統。認知度が低いようなので詳細を下記に記載します)
蒋介石の名で知られる将中正氏。
終戦後、「怨を以て怨に報いてはならない」とラジオで国民や兵士に呼びかけ、中国に残る日本軍への勝手な報復を禁じ、日本軍民を国へ帰しました。
この言葉に感激した当時の日本人は多かったという。
日中戦争時、毛沢東率いる共産党と共同して日本軍と戦ったことで名前が知られているかと思いますが、実は第二次世界対戦終戦後にこのような日本復興に繋がることをしていました。
僕もこの話は知りませんでしたが、JRさんと違って名前くらいは聞いたことありますよね。
ダグラス・マッカーサーは、「日本救民の恩人」
(※連合国軍総司令部GHQの元帥。説明不要ですよね?)
隅っこのほうにも、彼ら3人の事を紹介する石碑がひっそりとありました。
なぜこんなにも雑に扱われているのか不思議でした。
読みにくいので別記事に詳細記載。
(そもそも言葉が堅すぎて読みづらいです。。)
日本再建ノ三大恩人 銅像建立報恩之記
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一通り石碑・銅像を拝んだ所で、お寺のご住職さんをお尋ね。
ご住職さんの奥さん?らしき人がいたので、簡単にご挨拶してきました。
時間もなかったのでゆっくりとお話を聞くことができませんでしたが、
ゴールデンウィークにスリランカに行くということを伝えると、、、
どうやらこの雲龍寺のすぐ近くに「正山寺(しょうさんじ)」というお寺があり、そこに在日スリランカ人のお坊さんがいて、2月からスリランカに帰省するとのこと。
もしかしたら案内してもらえるかもしれないということで、そのスリランカのお坊さんをご紹介していただくことになりました。(まさかの展開!)
やはりまずは行動あるのみですね。
その時は連絡がつかなかったので、一旦都内へ戻り(予定もあったので)連絡を待つことに。
夜、連絡をいただき、翌日また八王子まで足を運んできました。
素敵なご縁をいただき、いい話になるといいなーと期待して行きましたが、、
とりあえず初対面ということでご挨拶。
事情を説明しゴールデンウィークにスリランカに行くことも伝えると、
どうやらそのスリランカのお坊さんさんは1ヶ月くらいの滞在らしく
3月にはまた日本に戻ってくるとのこと。
タイミング合わずで今回は断念。
そんなうまいことコトは進まないですね〜。
最後に本堂なども拝見させてもらい、また来ますとご挨拶。
スリランカ人のお坊さんとお話する貴重な機会でした。
ありがとうございました〜
銅像・石碑建立当時のお話をじっくりと聞ける時間も少なかったので、また伺いたいと思います。
あとゆかりの地の残りは、鎌倉と長野。
この2つも近いうち訪れたいと思います!
【雲龍寺Map】
【正山寺Map】